17

夜の屋根の上は、ひとりぼっちでも孤独ではない。そこは天の星ぼしと繋がっている。
僕は少し傾いだ屋根瓦の上に寝転び、背中に仄かな熱を感じながら、つめたくてあわ立つ水を飲む。空を遮るものはなく、星は手を伸ばせばすぐに届く場所に輝いている。
遠くから声がする。大丈夫だよ、と。僕は目を閉じて、そのまま夜空に吸い込まれる自分を夢想する。

16

君からもらった丸い飴玉を、満月の夜空に透かす。月と飴玉が綺麗に重なり、痘痕顔の月面がとろけて見える。ふたつの丸がすっかり溶けあったので、私は君のことを想いながら、指先の月を口の中に放り込んだ。

15

この空を飛ぶなんて元々無謀だったんだ。
落ちていきながら私はあまりにも遅い後悔をしていた。
下はおそろしく黒く深い森。
あるいは即死を免れるかもしれないけれど、その後どうやってそこから脱出するというんだ?
だから最期の数秒は、走馬灯に身を任そうと思っていた。
それなのに、私の目の前には玉虫色の翅が広がり。

(ああ、迎えに来てしまったのか)

14

君はいつも楽しそうに踊っていたから、展覧会の中で一番好きな展示物だった。科学者の叔父さんから貰った無料チケットで毎日観に行った。叔父さんに熱心さを褒められたのは良かったけれど、叔父さんの作った乗り物には目もくれずに君ばかり観ていたものだから、どの展示物がお気に入りかね、と訊かれた時には少し困った。
展覧会の最終日には館内に隠れておくつもりだった。深夜に君を連れ出してどこか遠い町に逃げよう、君の踊りと僕のハーモニカで路銀を稼ぎながら旅を続けようと本気で思っていたんだ。だけど現実は、立ち入り禁止の通路の奥、ロッカールームの机の下からあっさり引っ張り出されて、大目玉を喰らってそれっきりだ。
警備員に首根っこを掴まれたまま、外に放り出される直前に君を見た。君はもうちっとも動いていなくて、かくんと首を垂れて、手がおかしな方向に纏められて縄で縛られている。その格好があまりにも人間離れしていたから、僕は俄かに恐ろしくなり、ひどく泣いてしまった。僕が罪を悔いたものと誤解した警備員に慰められる羽目に陥ったのは一生の不覚だ。
そう、僕はまだ、世界が電気の力で駆動していることも知らない小さな子供だったんだ。

13

一緒に住んでいる友人が、急にSNSのアカウントを消した。どうしたのか、何かトラブったのかと聞いても曖昧に笑うばかり。サイトもブログも消したようだ。どうやって申請したものか、インターネットアーカイブからもGoogleのキャッシュからも綺麗に消えていた。
メールアドレスもケータイの電話番号さえ消えていたし、大学は退学していたし、いつの間にかこの部屋から転居届けまで出していた。友人はどこの誰でもなくなって、それでもまだぼくと一緒にこの部屋に暮らしている。
これは一体どういうことかたずねようと思ったとたん、ぼくは彼の顔も名も思い出せないことにようやく気付いた。