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先生はずらりと人間の標本を並べている。まるで生きているような世界各国のひとたちがさまざまな民族衣装を着て、ふたりずつ手を取り合っている。
だから僕も当然、最後には先生のコレクションのひとつになるのだろうと思っていたけれど、なかなかその日は来なかった。どちらにしても、他に仕事のあてもなく、どうせあの戦火の中で爆死か餓死をするくらいなら、ここでホルマリンに漬けられたほうがよほどましな人生というものだ。
その夜突然降り始めた大雨は、なかなか止まなかった。先生は嬉しそうな顔で外を眺めている。ああ、僕は先生のおめがねに適わなかったのだな。雨が地盤を揺るがして研究室を浮遊させはじめた時に僕はようやく気が付いた。ひとまずこの身体、溢れる水の中に投げ捨ててしまうよりは、食べて糞になり土に混ざり、一枚の木の葉くらいになれるなら幸せだろう。
先生にごめんなさいを言おうとして、僕はようやく、もともと人間の言葉なんて喋れなかったことを思い出した。